これも東京フィルメックス映画祭で鑑賞してきた作品。相変わらずホンサンス・ワールドになっている。この監督の作風は苦手なのだが、前作の『浜辺の女』から生々しい激しいベッドシーンがなくなったことで観やすくはなった。
この作品のレビューは、久しぶりに何度も書き直した。キーワードとなる事柄が幾つもあったのでアイデアがいろいろ出てきて、なかなか文章として纏まらなかったからだ。もっと書きたかったが、これから鑑賞する人もいるだろうから、これぐらいで止めといた。
アバンチュールはパリで (原題:夜と昼)
制作年:2007年
監督:ホン・サンス
出演:キム・ヨンホ、パク・ウネ、ファン・スジョン
ジャンル:ヒューマンドラマ
鑑賞:第9回東京フィルメックス映画祭
画家のソンナム(キム・ヨンホ)は、大麻を吸ったのがばれて、警察に摘発されると恐れて、一時的にフランスのパリへ逃げた。画家ソンナムは、韓国人ばかりの留学生が集まる民宿に寝泊りして、目的もなく街を散歩したり公園に行ったりして時間を潰していた。画家ソンナムは、妻ソンイン(ファン・スジョン)を韓国に残したまま単身でパリに来たので、心配する妻ソンインのために国際電話をしたり、画家ソンナムが寂しくなったときに妻ソンインへ国際電話をしていた。そんな緩やかな時間が流れているときに、留学生ヒョンジュ(ソ・ミンジョン)と出会い、更に留学生ヒョンジュのルームメートである留学生ユジョン(パク・ウネ)と出会う。画家ソンナムの心は徐々に若い留学生ユジョンに対して恋心を抱いていき、既婚者と交際することに抵抗していた留学生ユジョンも心の変化をみせていく。画家ソンナムと留学生ユジョンの恋愛をみせながら、妻ソンインの突然の言動もあり、画家ソンナムの心は大きく動揺する。画家ソンナムがフランスに渡った約二ヶ月間を日記風に日常を描いたお話。
監督は、『映画館の恋 (原題:劇場前)』『浜辺の女』のホン・サンス監督。
出演者は、パリに逃亡した画家ソンナムを演じるのは『クラブ・バタフライ』『SSU (原題:ブルー)』のキム・ヨンホ、留学生ユジョンを演じるのは『HEAVEN ヘブン (原題:天士夢)』『ふたつの恋と砂時計 (原題:あしながおじさん)』のパク・ウネ、画家ソンナムの妻ソンインを演じるのは『A+生』のファン・スジョン、民宿のおじさんを演じるのは『ロマンス』『葡萄の木を切れ』のキ・ジュボン、画家ソンナムの元恋人ミンソンを演じるのはキム・ユジン、留学生ヒョンジュを演じるのは本作スクリンデビューのソ・ミンジョン、北朝鮮からの留学生ギョンスを演じるのは『残酷な出勤』『俺たちの街 (原題:私たちの町)』のイ・ソンギュン、ソンナムの夢の中で出てくるジヘを演じるのは本作スクリンデビューのチョン・ジヘ。
舞台がパリになっていても相変わらずホン・サンス監督の作風は変わらない。主人公が気の小さい優柔不断で無責任な男、出会った女性との恋愛、男女の恋のかけひき、女同士のかけひき、ドラマティックな出来事などない日常、酒やお茶の席でのぺちゃくちゃと話す会話といったお得意の世界をみせている。序盤は多少退屈なところもあるが、人間の内面心理を掘り下げ、直接的に言葉として表現しないので鑑賞者に考えさせながら進行させている。幾つかの不可思議な映像があるが、あるシーンの伏線にしたり、あるシーンはどの世界を示しているのかを表現しているのであろう。
留学生ユジョン、留学生ヒョンジュ、妻ソンイン、元恋人ミンソンといった女性たちが、画家ソンナムと絡んでいく様をユーモラスに描いているところは笑える。画家ソンナムと妻ソンインが国際電話の会話の中で、逃亡して精神的につらいことをもらして妻に同情をさせているけど、実際は留学生ユジョンと出会って羽目を外しているのである。時差の関係もあって、幾つかの電話中のシーンで二人のテンションの違いがみえるので、注意して鑑賞してほしいところでもある。画家ソンナムと元恋人ミンソンがモーテルに行って、積極的に元恋人ミンソンが迫ってくるが、聖書の一節を言い出して、一線を越えることなくモーテルを出て行くのである。画家ソンナムの心に良心が残っており、元恋人ミンソンに対しての罪悪感、元恋人ミンソンの夫に対して誠実さを示している。しっかりとちょっと前のシーンで、キリスト教徒でないのに民宿に置いてあった聖書を読んでいるシーンを入れているので、伏線は張っているのだ。面白いのが、同じようなシチュエーションが中盤で画家ソンナムと留学生ユジョンのシーンがある。そこでは、積極的に迫るのが画家ソンナムで、なんとか一線を越えないようにしているのが留学生ユジョンなのだ。このように人と状況の変化をつけて表現している。
ルームメイト同士の留学生ヒョンジュと留学生ユジョンが画家ソンナムを部屋に招き入れるところにちょっとした女同士のかけひきがみられる。牡蠣の好き嫌いのこと、さらに三人で外出しているときに、留学生ヒョンジュが先頭に歩いているのをみて、留学生ユジョンが画家ソンナムの手を握るシーン、それを留学生ヒョンジュが即座にみつけてツッコミを入れているのは次のシーンにしっかりと伏線になっている。それは、男女の恋のかけひきに移り変わっていくのだ。オープンカフェで一人でお茶をする留学生ユジョンをみつけ、駆け寄ってくる画家ソンナムの態度なのだ。画家ソンナムは彼女が自分に気があると確信して、今まで敬語で話していたのをタメ口で会話し出すのである。このような男性っているよなぁ~って感じで上手く描かれており、女性がちょっとした隙をみせたことで男性が大きな態度になったり、恋人面して接するところである。ここは、留学生ユジョンが距離を置くような形を示して、言い返しているのである。この作品は、男女のかけひき、女同士のかけひきが細かく描かれていえるのが特長だと感じた。
終盤にようやく妻ソンインが声でなく、実物が登場するのであるが、ここにもトラップを仕掛けている。留学生ユジョンとの情事を絡ませながら、同じ条件を画家ソンナムに突きつけて、男性心理を揺さぶっているである。伏線として、序盤のシーンにあった画家ソンナムと元恋人ミンソンの会話にキーワードが含まれていると感じる。男女の心理戦が非常に多い作品になっているので、すごく疲れる。しかも上映時間も145分だし。
映像面として、パリの特徴的な風景をなるべく消して、民宿付近、狭い裏通りの道端、食堂、カフェ、地下鉄の駅の入り口といった日常を強調しているのがみえる。画家ソンナムが観光しているときに、美術館や橋からみえる歴史ある建造物も映しているが極力控えているのがわかる。あくまで日常を描きたいのがみえるから、主人公ソンナムの周囲も韓国人ばかりで、韓国人が海外でよく行っている韓国人コミュニティを形成している。そして、パリでの天候で曇りの日が多いこと、青い空を多くの白い雲で覆う挿入画を使っている点で、「雲」を画家ソンナムという表現にしているようだ。画家ソンナムがどんよりとした雲みたいな人を映像的に示しているようにみえた。
題名の『夜と昼』というのは多くの意味が含まれて付けたと感じられた。夜と昼という対照的なところを時間だけに限定していないのである。普通に考えれば、フランスと韓国の時差を使った画家ソンナムと妻ソンインの国際電話のところが特徴的であるが、登場人物の性格や事柄が二面性になっているところも示しているのであろう。北朝鮮留学生ギョンス(イ・ソンギュン)の存在も二面性を表現していたり、終盤も現実と夢という二つの世界を表現している。いろいろ小細工している作品だから、複数回鑑賞するとこの作品の良さがでるのかもしれない。
【なめ犬的おすすめ度】 ★★★