アリラン
制作年:2011年
監督:キム・ギドク
出演:キム・ギドク
ジャンル:ドキュメンタリー
鑑賞:一般上映 (日本)
キム・ギドクは、2008年『悲夢』を最後に表舞台から姿を消してしまう。映画界から遠ざかり、山里の小屋で隠遁生活を送る。『悲夢』の撮影時でのアクシデント、弟子から受けた裏切り、映画監督の重さ、映画への想い、国内外の評価、と自問自答を繰り返す日々を送る中、人格が分裂していく。キム・ギドクのセルフ・ドキュメンタリー作品。
監督及び出演は、『ブレス (原題:息)』『悲夢』のキム・ギドク監督。
監督、出演、脚本、撮影、編集、音響、美術、全てキム・ギドク自身。ジャンルとしては、セルフドキュメンタリーという形になっているが、創りとしてはキム・ギドクという人間を表現したヒューマンドラマといった方が適切かもしれない。
冒頭は一切台詞がなく、山里の小屋で隠遁生活するキム・ギドクの姿を淡々と映し出していく。隠遁生活している場所は、田畑や家々がみえる村の丘に建てられた小屋で、電気もあり、プロパンガスもあり、近所で買ってきたような魚やカップラーメンもあったり、小屋の外にショベルカーや乗用車があったり、世間を逃れて隠れ住む印象と少しかけ離れているかもしれない。小屋の中にテントを張り、テントをベッドとして使用したり、ノートパソコンを使用したり、自作のエスプレッソマシーンやストーブを使用したり、意外と快適な生活にもみえてしまう。
構成としては、弱音を吐いて気を落とし疑問に答える長髪を垂らすキム・ギドク、強い口調で正論を吐き疑問を投げかける髪を束ねたキム・ギドク、液晶モニターでやりとりを客観的にみつめるキム・ギドク、謎の存在なキム・ギドクの影、といった四つのキム・ギドクが分裂して対話していくのである。
弱気で長髪を垂らすキム・ギドクと正論を吐く髪を束ねたキム・ギドクの対話から始まり、『悲夢』の撮影時に出演者が首吊り状態になり死にかけた事故について自分を責め、総責任者である映画監督というものを自問自答していくのだ。そして、弟子である『映画は映画だ』のチャン・フン監督、『ビューティフル (原題:美しい)』『豊山犬』のチョン・ジェホン監督について言及していくのだ。さらに自分の映画が、国内で受けが悪く海外で賞賛される中で、「韓国」という国で紹介されることへの疑問であったり、国のために映画を創っているわけではないことをぼやいているのだ。この二人の会話が激しくなることで、今までキム・ギドクが心に溜めていたものを吐き出すのである。
弱気で長髪を垂らすキム・ギドクが涙ながらに語る姿を液晶モニターから見つめるのが、傍観者で客観的なキム・ギドクである。傍観者のキム・ギドクは、笑いながら液晶モニターをみていたり、突然カメラ目線になったりと変わった人物に設定している。
髪を束ねたキム・ギドクとキム・ギドクの影の対話では、髪を束ねたキム・ギドクが問いかける影に向かって話しをしていくのである。影のキム・ギドクは聞き役に徹しているのがみえる。もちろん、このやりとりを液晶モニターから見つめる傍観者キム・ギドクも存在している。髪を束ねたキム・ギドクは、影のキム・ギドクに多くの物事を吸収させていくイメージなのかもしれない。そして、分裂したキム・ギドクが中盤から終盤にかけて収束していくのだ。
キム・ギドクが、日本語字幕版の『春夏秋冬そして春』を鑑賞している。自分が出演している冬の部分で、石を引きずり仏像を持って雪山を登っていく姿に合わせてアリランの音楽が流れていくのである。本作でアリランという民謡のことを説明しており、その意味とリンクするような形で『春夏秋冬そして春』のシーンを繋げているのだ。アリランもいろいろなバージョンがあるようで、本作では複数のアリランを聴かせてくれる。
小屋には、キム・ギドクが過去に監督を務めた15作品のポスターが貼られている。過去の作品のポスターを映しているのがラストの伏線にしているようだ。予告編でも含まれていた自作の拳銃を撃つシーンが重要な意味をなしている。シンプルな解釈としては、過去の自分を消すという感じだろう。過去の作品を消すと云う意味として、街に出て拳銃を発砲するシーンがあり、過去の作品で撮影した場所をさしているのであろう。正確な場所や作品について限定できないけど。そして、ラストシーンへと繋がっていくので、そう考えると理解しやすいと思われる。別の解釈の仕方もあるから、一概には決められない。
本作品は、キャノンのデジタルカメラ MarkⅡを使用していることを言及しており、これだけで十分できることを表現している。多数のスタッフや有名俳優を起用しなくても映画は創れるのを証明している。資本主義に被れた者へのあてつけにも捉えることができ、特に本作品で触れていた人に対してだ。まあ、短編映画や独立映画とかは、予算上の問題でスタッフなしデジタルカメラのみで撮って上映しているから画期的なことではないけど。
この作品を鑑賞する準備として、『春夏秋冬そして春』、『悲夢』、『受取人不明』、弟子へ脚本を提供した『映画は映画だ』、『ビューティフル (原題:美しい)』を鑑賞しておいた方がよいだろう。基本的にキム・ギドクを知っている人向けに創られているので、知らない人にとっては厳しいかもしれない。
【なめ犬的おすすめ度】 ★★★★
【おまけ】
以前記事にした
キム・ギドク監督レポートを更新しました。