来年の春に一般上映されるこの作品。チラシには、「愛を知らない男と、愛を夢見た女子高生の、息苦しいほど切ない、純愛。」と記載されている。この作品の本質的なところを主張して欲しい。ラブストーリーというよりは家族の物語が中心の人間ドラマである。そして、登場人物たちが自己を見詰めて、心が変化していく過程をみせている。観ればすぐにわかる。
激しい暴力シーンが苦手な人は、この作品を鑑賞するのを遠慮した方がいいだろう。
息もできない (原題:糞蠅)
制作年:2008年
監督:ヤン・イクチュン
出演:ヤン・イクチュン、キム・コッピ、イ・ファン
ジャンル:ヒューマンドラマ
鑑賞:第10回東京フィルメックス映画祭
腕力が強いチンピラのサンフン(ヤン・イクチュン)は、年上で親友のマンシク(チョン・マンシク)が経営する債権業者で働いている。行っている業務としては、借金の取り立てであり、債務者に対して暴力を使ってお金を回収することが主な仕事であり、ストライキを暴力で潰したり、露店の強制撤去をしたり、何でも屋に近いものである。マンシク社長は、サンフンが仲間なのに同僚たちに対しても敵味方区別することなく暴行するので、頻繁に注意をしている。サンフンとコンビを組むのが若いファンギュ(ユン・スンフン)で、二人のコンビは回収率が高い。ある日、サンフンは歩いていたときに唾を吐いたら、偶然通りかかった女子高生ヨニ(キム・コッピ)の胸元にかかってしまう。二人は喧嘩になりヨニはサンフンに強く殴られるといった最悪の出会いであった。お互い気が強い性格で、恵まれない家族関係と家庭環境といった共通点を持っていたことで、奇妙なことに二人は親しくなっていく。そんなとき、サンフンの父スンチョル(パク・チョンスン)が刑務所から出所してきた。サンフンは、父に憎しみを抱いており、複雑な感情を持っている。サンフンとヨニの関係をみせながら、サンフンとヨニの各々の家族をあらゆる角度から描き、家族の再生を描いたお話。
監督は、本作デビュー作の男優のヤン・イクチュン監督。
出演者は、チンピラのサンフンを演じるのは『後悔なんてしない (原題:後悔しない)』『私の生涯で最悪の男』本作品の監督のヤン・イクチュン、女子高生ヨニを演じるのは『6月の日記』『家族の誕生』のキム・コッピ、ヨニの弟ヨンジェを演じるのは『アンティーク ~西洋骨董洋菓子店~』のイ・ファン、サンフンの父スンチョルを演じるのは『解剖学教室』『クロッシング』のパク・チョンスン、サンフンの姉ヒョンソを演じるのは『ロマンチック・アイランド』『素晴らしい一日』のイ・スンヨン、サンフンの甥ヒョンインを演じるのは『黒い家』『ファム・ファタール (原題:無防備都市)』のキム・ヒス。
邦題で「息もできない」、英題で「Breathless」となっているが、一番しっくりくるのが原題の「糞蠅」である。糞に群がるハエのことを比喩的に表現しているように感じられるからだ。
サンフンの過去や家族構成や家庭環境が最悪だったのが徐々にみえてくるのである。サンフンが小学生ぐらいのとき、暴力的な父が母と喧嘩になり、包丁を持った父が暴れたことで仲裁に入った幼い妹ジュニが父に刺されて亡くなってしまう。母は慌てて外に出て助けを呼びに出たときに交通事故で亡くなってしまう。そのために父スンチョルは、刑務所に服役することになり、サンフンは一人ぼっちになってしまう。父スンチョルは、外で娘を作っており、それがサンフンの異母姉弟の姉ヒョンソ(イ・スンヨン)である。携帯電話の販売業をしている姉ヒョンソは、幼稚園児の息子ヒョンイン(キム・ヒス)がおり、サンフンの甥である。姉ヒョンソは、夫と離婚したことで、ヒョンインがいつも寂しい思いをしており、サンフンが時々会いにいって可愛がっている。サンフンの過去と家族関係をみせることで、サンフンの生き方が今に至っているのがみえてくるのだ。
同様にヨニの過去や家族構成や家庭環境も最悪なのである。父はベトナム戦争で帰還したが呆けてしまい手が付けられず、仕事が出来ない状態であるが国から功労金が与えられたことでその収入で生活をしている。母は露店で仕事をしていたが露店の強制撤去のときに暴力団らに撲殺されてしまい亡くなり、家事全般を高校三年生のヨニが担っている。高校も行かずにプラプラしている弟ヨンジェ(イ・ファン)は、毎日ヨニにお金をせびり、いつも姉弟喧嘩をしている。
サンフンとヨニの出会いは最悪であるが、実に面白い関係なのである。チンピラと女子高生では接点がないようにみえるが、お互いが抱えている問題が似ており、何よりも各々の性格が二人を引き合わせたようにみえる。強面のサンフンに対して強気な態度をとる女子高生ヨニであったり、ぶん殴られても怯まないヨニであったり、逆にサンフンをからかったりするヨニの姿がサンフンにとって新鮮に感じられたのであろう。ヨニがサンフンの「家族」という形に飛び込んでいくのがみえ、サンフンの姉ヒョンソと甥ヒョンインと親しくなっていったり、サンフンの心を揺さぶるのである。サンフンの心の変化をもたらしたのがヨニなのである。
サンフンの親友マンシク社長の存在も大きい。マンシク社長は、孤児であった過去を持つことで、サンフンの父スンチョルを気にかけていたり、子分たちの面倒をみたり、気前がよくて優しい性格なのである。韓国の年齢による縦社会を取っ払い、お互いが名前で呼び合い、サンフンに対して常に味方になっているのだ。サンフンの不器用な性格を理解しているマンシク社長だから、お互いが心を許している存在になっている。表の面をマンシク社長、裏の面をサンフンとなっており、二人がこのビジネスを一緒に立ち上げたのも納得できる。
中盤からサンフンとコンビを組んでいたファンギュが友人ヨンジェ(イ・ファン)を事務所に連れてきて一緒に仕事をするようになる。ヨンジェがヨニの弟であることを知らないサンフンという設定が、終盤の伏線になっているのであろう。当初は、サンフンの過剰な暴力で債務者から借金の返済を要求して搾り出すやり方に恐れていたヨンジェが、どのように覚醒していくのかもみせている。
全体を通して感じるのは、過剰な暴力と暴言である。サンフンの腕力は武器になっており、同僚たちと一緒になって戦うところでも一人だけ飛びぬけて強いのだ。さらに、債務者の家庭内暴力という家長の父が腕力の弱い妻や子供に暴力を振るうシーンをみせ、サンフンという強者の存在が現れたときに、その家長の父がボコボコに殴られていく姿をみせている。暴力には暴力、強者と弱者の図をみせつけるのである。過激なバイオレンスシーンがR指定の対象になっているのであろう。暴言というか汚い言葉がストレートに台詞として描かれている。韓国語音声、日本語字幕、英語字幕でも同じで汚い言葉で表現している。チンピラが使うのであればわかるが、女子高生のヨニも使っているとこに面白さがある。
テーマとなっているのが「家族」である。崩壊している家族を再構築していく姿をみせている。家族を崩壊させた父スンチョルと父に憎悪を持っているサンフンとの関係、父スンチョルと姉ヒョンソと甥ヒョンインの親しき関係、姉弟としてそれなりに互いに心配しているサンフンと姉ヒョンソの関係、サンフンと甥ヒョンインの親しき関係、といった複雑な感情を持っている彼らがどのように家族という集合体を再構築していくのかをみせている。終盤の展開や運命的な繋がりをみせている物語だから、かなり綿密に作ったのかと思っていたら、ティーチ・インで監督の言葉から感じることは、綿密に作っていないことが判明した。
【なめ犬的おすすめ度】 ★★★★