是非、岩波ホールで上映してほしい作品。韓国映画という枠を超えているので、映画好きの人たちに鑑賞してほしいからだ。韓フェス2007ルネサンスで上映予定だったが、人気投票で最下位になり、詳しい事情は知らず中止になったが、はっきり言えばこの作品は韓フェスに合っていないので、中止になって正解かもしれない。一般公開で劇場に登場してくれることを願う。
道
制作年:2004年
監督:ペ・チャンホ
出演:ペ・チャンホ、カン・ギファ
ジャンル:ヒューマンドラマ
鑑賞:韓国版VCD
1970年代の田舎町。雪が積もる冬の季節、地方を放浪する流れの鍛冶職人テソク(ペ・チャンホ)は、妻と息子がいるが20年以上自宅に戻っておらず、常に重たい仕事道具を持ち歩きながら市場にやってきて仕事をする。バスで移動していたテソクは、そのバスに乗車していた赤いコートを着ている若い女性シニョン(カン・ギファ)を見かける。シニョンは、父の葬式に行くためにソウルからやって来たのだが、隣りに座っていた知らないおばさんがお金を盗まれたと大声で騒ぎだし、バスは近くの交番まで走り、シニョンとテソクと被害者のおばさんの三人だけを下ろしてバスは走り去って行った。警官は三人を事情聴取していたところ、おばさんの勘違いでお金は自分のポケットにあったことで一件落着した。だが、その場所からバス停までは遠い道程であるため、テソクはシニョンと一緒にバス停まで一緒に歩いて移動した。途中、小屋で休憩する二人は、シニョンのつらい身の上話をテソクは聞いていた。テソクも若き頃の愛していた妻(ソル・ウォンジョン)との思い出、布地の染色の仕事をしていた親友トクス(クォン・ボムテク)のことを思い出していた。バス停に着いた二人は、シニョンはバスが来るまで待つことにし、テソクは立ち去っていった。すぐに再会することになったテソクとシニョンは運命的な繋がりがあり、テソクの過去に多大な影響を与えていた。果たして、壮絶な人生を歩んできたテソクの過去に一体何があったのか、そして今後の人生にどのような変化をもたらすのかというお話。
監督は、『情』『黒水仙』のペ・チャンホ監督。
出演者は、鍛冶職人テソクを演じるのは監督のペ・チャンホ、ソウルから来た若い女性シニョンを演じるのは『情』『4人の食卓』のカン・ギファ、テソクの妻を演じるのは本作スクリンデビューのソル・ウォンジョン、テソクの親友トクスを演じるのは『ARAHAN アラハン』のクォン・ボムテク。
放浪する鍛冶職人テソクのロードムービーであるが、そこで出会った若い女性シニョンによって自分の人生を振り返り、過去と現在を交互に進行していきながら、人生の重さを痛切に描いている。
店を持たず常に放浪しながら市場で鍛冶職人をしているテソクは自分の仕事に誇りを持っている。父から受け継いだこの職業を大事にしており、妻もテソクの考えに賛同しているのだ。決して儲かる商売ではないがテソクは満足しており、銭を稼ぎ、食堂で飯を食べ、宿屋で寝る生活をしている。いつものような生活スタイルに、環境の変化をみせたのが若い女性シニョンの存在だ。
テソクとシニョンは一緒に行動することになり、小屋でシニョンの身の上話を聞くことになる。シニョンは、重労働をしてきたこと、食事がなかなか取れなかったこと、汚い環境での生活、そして新しい職場で恋をしたこと、妊娠したこと、汚い病院に連れて行かれたこと。こんな若い女性が、これだけの苦労と辛い経験をしてきたことを語るのを、黙々と聞いているテソクが印象的にみえるであろう。テソクは表情を一切変えずに、シニョンの顔を見つめて切々と過去を語る彼女の言葉を噛みしめているのがみられる。シニョンが歌う曲、そして父から貰ったという手鏡が、テソクの過去とリンクするのだ。この歌と手鏡で、テソクはシニョンの父が親友トクスであることに気づき、懐かしさと同時に憎しみの両方の感情が込み上げてくるのだ。
テソクにとって親友トクスとは、心を許せる仲であり、困っていたらなけなしのお金を貸してやったり、自殺しようとするトクスに対して体を張って守ったり、トクスを騙した奴らと交渉したが失敗して傷害事件を起こして刑務所に服役したりと人生を変えた存在である。更なる悲劇は、服役が終わってお土産を持って妻と息子に会いに家へ行ったことである。ここから先は深く触れないでおくが、テソクにとって絶望的な感情になっているのがみえるのだ。
妻や息子、親友トクスとの出来事を思い出す過去、親友トクスの葬式のために村に向かっているシニョンとテソクの現在、この両方の時間軸をみせることで状況によってのテソクの感情が見事に表現されている。温厚なテソクが怒りや憎しみを持ったり、親友トクスの死を知ったときのテソクの悲しげな表情、親友の娘シニョンをみるテソクの眼差し、現在の妻への愛情といった細かいところを繊細に描いているのだ。
終盤でみせる葬式から埋葬シーンの一連の流れが目に焼きついてしまう。遺体を埋めるという考えと同時に、過去の出来事も清算して埋めるという考え方も含まれており、テソクとシニョンの両方に繋がっている。テソクは、トクスとの間で様々な出来事があり、トクスのある物から真実を知ることも含めて、心の傷を清算しようと心の整理をしているのだ。同様にシニョンも、序盤の交番でのシーンでみせたバックの中身の意味を清算しようと心の整理をしているのだ。ひとつのシーンで複数の要素を組み合わせている作りがよく出来ている。テソクにとって、もうひとつの終盤の見せ場(ラストシーン)があり、これは鑑賞してテソクの心情を感じとってほしい。終盤のくだりの展開で、個人的にこの作品の評価が上がったからだ。
人物描写の良さもあるが、抜群に良いのが映像の素晴らしさである。冬という季節をこれでもかという力強い映像で衝撃を与えたり、また心を潤す冬の情景を綺麗にみせている。一面真っ白な山道、粉雪が舞う大地、冬から春に移り変わる季節で白と緑が混じる山の景色といった様々な自然の顔をみせているので多くて語りきれない。このような映像美を備えた作品はスクリーンでみるとまた違った景色に映ると思えるし、TV画面とは違った映像が目に焼きつき新たな感情も生まれるであろう。
【なめ犬的おすすめ度】 ★★★★★