ここのところ毎日、東京国際映画祭(提携企画も含め)で鑑賞した作品のレビューを書いている。映画祭期間中はほとんど観ることに専念していたことと、帰りが夜遅くなっていたのでレビューを書く時間がなかった。このブログでは韓国映画しか取り扱わないが、劇場で鑑賞した作品に関しては必ずレビューを書いている。
この作品は、キム・ギドク監督の最新作で、前作の『絶対の愛 (原題:時間)』とは正反対で会話が非常に少ない。そのために映像面、音響面、少ない台詞の意図といったところを読みとり、理解していかなければいけないので鑑賞直後は疲れた。おそらく、日本で劇場公開するだろうからもう一度鑑賞して細かいところまで探りたい作品である。
ブレス (原題:息)
制作年:2007年
監督:キム・ギドク
出演:チャン・チェン、パク・チア、ハ・ジョンウ、カン・イニョン
ジャンル:ヒューマンドラマ
鑑賞:第20回東京国際映画祭
投獄されている死刑囚チャン・ジン(チャン・チェン)は、「死」を感じていた。投獄されている部屋で、キリで喉を刺して自殺しようと試みるが命は助かり、自殺未遂で喉を怪我したために声がでなくなり再び刑務所に戻ることになった。ある日、ニュースのテレビで死刑囚チャン・ジンの姿をみたヨン(パク・チア)は、なんらかの情を感じて死刑囚チャン・ジンに面会しに行くことを決めた。ヨンは、夫(ハ・ジョンウ)が浮気していることに気づいてから夫婦仲は冷めきってしまった。ヨンは今まで経験してきたことを死刑囚チャン・ジンに打ち明けながら、閉ざされた心が徐々に開いていった。ヨンの行動がおかしいと感じた夫は、ヨンの後をつけ刑務所で死刑囚チャン・ジンと面会していることがわかる。面会室で二人が行っている出来事を監視カメラを通してみてしまった夫は、激しく妻ヨンに怒りをぶつけ、二人の関係を裂こうとする。今後、死刑囚チャン・ジンとヨンの関係はどのようになっていくのかというお話。
監督は、『弓』『絶対の愛 (原題:時間)』のキム・ギドク監督。出演者は、死刑囚チャン・ジンを演じるのは『愛の神、エロス』『百年恋歌』の台湾俳優のチャン・チェン、死刑囚に面会しに行くヨンを演じるのは『コースト・ガード (原題:海岸線)』『春夏秋冬そして春』のパク・チア、ヨンの夫を演じるのは『許されざる者』『絶対の愛 (原題:時間)』のハ・ジョンウ、死刑囚チャン・ジンと同室の若い囚人を演じるのは『アパートメント (原題:アパート)』のカン・イニョン、死刑囚チャン・ジンと同室の絵を描く囚人を演じるのは『モノポリー』『アパートメント (原題:アパート)』のイ・ジュソク、死刑囚チャン・ジンと同室の大きな囚人を演じるのは『私たちの幸福な時間』『偉大なる系譜』のオ・スンテ、面会室で監視カメラをみつめる保安課長を演じるのは本監督のキム・ギドク。
獄中の死刑囚チャン・ジンと結婚生活に絶望した女ヨンの二人が、刑務所の面会室で不思議な交流をしながらお互いが心の回復をしていく姿を描いている。
獄中で同部屋の死刑囚チャン・ジン、若い囚人、絵を描く囚人、大きな囚人の4人の奇妙な様子から始まっていく。絵を描く囚人がキリで壁に絵を刻むのをみていたチャン・ジンが、突然キリを奪い取り自分の喉に刺し自殺をはかり、若い囚人は大声で叫ぶ。この1シーンから、今後4人がどのような行動をしていくのかという予兆をみせている。絵を描く囚人が終盤で壁に描くもの、若い囚人が死刑囚チャン・ジンに対し同性愛を持ち、大きな囚人は死刑囚チャン・ジンにイタズラをしたりとストーリーが進むに連れてみえてくる。
死刑囚チャン・ジンのまえに姿を現した女ヨンは、お互いが「生」の崖っぷちに存在している。真冬の季節に、ヨンは春用の衣服を着飾り、面会室にお花畑が描かれた紙を壁一面に貼り、過去の輝いていたころのヨンに戻っていくように感じとれ、季節を象徴する春の歌を歌う。次に面会室に来たときは、夏バージョン、さらに次は秋バージョンという形で、季節を感じさせる衣服や壁紙や歌を死刑囚チャン・ジンに披露していく。死刑囚チャン・ジンにとっては閉鎖された空間にいつもいることで忘れていた季節を感じ、ヨンが作った季節によって時間が流れていることを気づかせ、生きていることを実感していく。チャン・ジンは、ヨンに対して溢れ出る過去の想いが重なって抱きしめている気がする。ヨンも幸せの絶頂にいた頃の自分が、閉ざされた世界の刑務所の面会室で蘇ってくる姿がみえる。
ヨンが死刑囚チャン・ジンと接見しているのがヨンの夫が知り、複雑な思いをみせている。夫は別の女と浮気をして楽しく過ごし、妻ヨンの今の精神状態をこのような形でみせる独特な感性がなかなかおもしろいところである。面会室の刑務官は、チャン・ジンとヨンが抱き合ったり、ディープキスをしているのにそのままの状態にしていたり、面会室を監視カメラで覗く保安課長も放置した状態にして、ここぞというときにブザーを鳴らして二人を引き裂くのだ。この保安課長は監督のキム・ギドクであるのは、モニターから反射して顔がみえる。
面会室と囚人部屋を交互にみせる構成にしており、ヨンが面会にきたときに何らかの「物」をチャン・ジンに贈るのであるが、それを同室の囚人たちはチャン・ジンから奪うのだ。そしてこの行為に一番熱心なのがチャン・ジンに好意を持つ若い囚人である。若い囚人の同性愛をみせており、嫉妬心を燃やしたり、ときにはチャン・ジンに寄り添って寝たりと言葉での表現ではなく表情や仕草で読みとれるところだ。
終盤は、春夏秋ときて最後に同じ時間軸の季節である冬をみせるところにチャン・ジンとヨンにドラマを与えている。チャン・ジンが世間ではどのような存在なのかというのは、ラストにならないとわからない構成にしており、なぜ彼のような人間が死刑になっているのかというところだ。
台湾の有名俳優チャン・チェンを起用していることで鑑賞するまえは、言葉をどのようにするのか気になっていたが、劇中は台詞らしい台詞はなく、叫び声や呻き声そして激しい息づかいが彼の台詞となっている。チャン・チェンだけでなく、囚人の4人全員が最小限の台詞だから、微妙な表情や仕草の変化で状況を読みとっていく、いつもながらのキムギドク作品になっている。台詞で状況判断ができるのは、ヨン、ヨンの夫、テレビのニュースといったところであろう。
人間の絶望感を歪んだ形で回復させるのだが、その技法がかなり異質なのがこの監督なのだ。死刑囚チャン・ジンとヨンが当てはまるが、彼らだけでなく三人の囚人たちにも同じように「生」のために「ある目的」をそれそれが持つことで該当している。「死」に一番近い死刑囚チャン・ジンを設定することで、「生と死」に対する考えを強調しているのであろう。84分という短い上映時間のために、なるべくネタバレにならないように抑えて書いたつもりでいる。
【なめ犬的おすすめ度】 ★★★
【追記】 2009.03.14
なめ犬的おすすめ度を【★★★★ -> ★★★】に修正する。